第60回 京の冬の旅 非公開文化財特別公開「西陣 興聖寺(織部寺)」へ
2月25日(水)は、京都市で日中に1㎜以上の雨が降ったのが、昨年の12月25日以来となり、久しぶりのまとまった雨降りとなりました。農作物に影響が出ていたので恵みと雨と言えるかも知れません。
翌日の26日(木)は朝から曇り空で雨の心配は無さそうです。昼から晴れの予報が出てましたが、昨日の雨降りより良かったです。ここ最近は平年より、かなり気温は高かったけど、この日はそうでも無かったです。この日も体調を考えて車で出掛けました。目的は、第60回 京の冬の旅 非公開文化財特別公開 西陣 興聖寺で、見事な紅葉を見に来た2023年(令和5年)12月1日(金)以来の訪問で、特別公開は、2022年(令和4年)2月1日(火)の「第56回 京の冬の旅」となります。当初は、行くつもりは無かったけど、あることを知って急遽行くことにしました。
臨済宗円通山本山 西陣 興聖寺(織部寺)には駐車場がありません。近辺のコインパーキングに止めるつもりでしたが、事前に三箇所のコインパーキングを調べて来ました。ところが、どこも満車で空きがありません。ここなら大丈夫と思ってきた最後の妙顕寺パーキングも満車でした。しかし、お一人が精算機で精算されています。そこで少し待つことにすると、出て行かれました。
満車から当然空きとなったので、私は止めることができました。この時、9時50分。ここから少し離れていますが歩いて向かいます。
上御霊通りを西に進み「扇町児童公園」から桜の名所の「水火天満宮」と、遠くに目的地の興聖寺の山門が見えています。

10時ちょうどに「山門」前に着きました。つぎの「中門」に拝観受付所があるようです。
拝観料は800円、新たにスタンプラリーの用紙を貰いました。そして写真撮影の有無を確認すると、堂内の写真もOKとのこと。これをX(旧Twitter)で知ったから来たようなものです。
臨済宗興聖寺派本山で、山号を圓通山と号す。1603年(慶長8年)戦国武将で茶人の古田重然(ふるたしげなり)(通称古田織部)が虚応円耳(きいんえんに)禅師を開山として創建した。
ここからは本堂をバックに、秋には真っ赤に染まる紅葉を楽しめるビュースポットなんです😊。

順路に従って奥に進むと「唐門」があって、ここで靴を下駄箱に預けます。そしてガイドさんがスタンバイされている「本堂」に向かいます。
渡り廊下を通って「本堂」に向かうと、手前にスリッパがあるので履き替え正面から堂内に入りました。
本堂は、1689年(元禄2年)の建立。今日は見えませんが、本尊の釈迦如来像を中心に、向かって左に戦国武将藤堂高虎の寄進と伝わる達磨像が安置。右に弥勒菩薩像が安置されてます。
本来は、達磨忌のみ掲げられる縦6㍍、横5㍍の日本最大級の「達磨図」。この「京の冬の旅」の期間中見られました。



そして、今回の特別公開では、天井の「雲龍図」も写真が撮れました😊。作者は僧侶ということだけで詳細は分からないそうです。
ここに来るのが3度目なんで、あっさり本堂を出て、渡り廊下を通って次に「方丈」に向かいます。

方丈は、1788年(天明8年)の「天明の大火」後に、江戸時代後期に再建されたもの。なお、本堂だけは焼失を免れました。
本堂では写真撮影の制限がありましたが、ここからは自由に写真撮れました。「方丈」でもガイドさんがスタンバイされてて話を聞きました。




この襖、写真なんですね。2021年(令和3年)2月に写真家・杏橋幹彦氏によって撮影された「青波」が奉納されました。



次にガイドさんより天井を見上げるように案内されました。この天井は四季を描いている「花天井」でした。真ん中は西陣織で造られているとか。



本堂でガイドさんより話がありましたが、ここでもガイドさんが話されました。案内はお寺の方よりお話を聞きました。この「京の冬の旅」で初めての公開されたようです。

平安時代に書写された「一切経」(中国から渡ってきたあらゆるお経の総称)が、巻数5294巻が保管されてて、その一部が初めて展示されました。少々虫食いがあるとの説明を受けました。

方丈から書院に向かう右手に珍しい「降り蹲踞」がありました。地面を深く大きく掘り下げ螺旋状の石段を降りた先に手水鉢が据えられています。
この特別公開の最後は、古田織部の院号から名付けられた、祠堂(しどう)「雲了軒(うんりょうけん)」に入りました。

10畳の広間の奥には、束帯姿の「古田織部木像」が祀られています。以前は、ここも撮影禁止でした。




ガイドさんより古田織部の話を聞きました。すると、すっかり忘れてましたが、この奥に茶室があって最後に、ここを案内となりました。


三畳台目(小間)の茶室「雲了庵(うんりょうあん)」を外から見学しました。入室はできません。以前は、ここも撮影禁止とされてました。
祠堂「雲了軒」を出て、右の「方丈」の奥を見ると「四阿」が見えました。茶室「雲了庵」と通じているのでしょう。



再び「方丈」に戻ると、ガラガラだったけど、人が増えて来ました。余談ですが、先の三連休は多くの人が来られていたようです。
朱印帳を持って来ましたが書き置きしかありませんでした。私はご本尊の御朱印をいただきました。








10時29分に「山門」を出ました。ここから上御霊通りを東に進みコインパーキングに戻ります。
行きと同様に、どこのコインパーキングも満車のままです。私が止めていた「妙顕寺パーキング」も満車のままでした。一日中止めても安いからでしょうね。精算すると9時50分~10時35分、400円でした。今日は、あと一箇所寄って帰ります。
翌日の26日(木)は朝から曇り空で雨の心配は無さそうです。昼から晴れの予報が出てましたが、昨日の雨降りより良かったです。ここ最近は平年より、かなり気温は高かったけど、この日はそうでも無かったです。この日も体調を考えて車で出掛けました。目的は、第60回 京の冬の旅 非公開文化財特別公開 西陣 興聖寺で、見事な紅葉を見に来た2023年(令和5年)12月1日(金)以来の訪問で、特別公開は、2022年(令和4年)2月1日(火)の「第56回 京の冬の旅」となります。当初は、行くつもりは無かったけど、あることを知って急遽行くことにしました。
臨済宗円通山本山 西陣 興聖寺(織部寺)には駐車場がありません。近辺のコインパーキングに止めるつもりでしたが、事前に三箇所のコインパーキングを調べて来ました。ところが、どこも満車で空きがありません。ここなら大丈夫と思ってきた最後の妙顕寺パーキングも満車でした。しかし、お一人が精算機で精算されています。そこで少し待つことにすると、出て行かれました。
拝観料は800円、新たにスタンプラリーの用紙を貰いました。そして写真撮影の有無を確認すると、堂内の写真もOKとのこと。これをX(旧Twitter)で知ったから来たようなものです。
臨済宗興聖寺派本山で、山号を圓通山と号す。1603年(慶長8年)戦国武将で茶人の古田重然(ふるたしげなり)(通称古田織部)が虚応円耳(きいんえんに)禅師を開山として創建した。
本来は、達磨忌のみ掲げられる縦6㍍、横5㍍の日本最大級の「達磨図」。この「京の冬の旅」の期間中見られました。
朱印帳を持って来ましたが書き置きしかありませんでした。私はご本尊の御朱印をいただきました。
行きと同様に、どこのコインパーキングも満車のままです。私が止めていた「妙顕寺パーキング」も満車のままでした。一日中止めても安いからでしょうね。精算すると9時50分~10時35分、400円でした。今日は、あと一箇所寄って帰ります。
この記事へのコメント
花や紅葉の見られない季節だけに、
非公開の文化財公開はよけい有り難い気がします。
興聖寺さんの巨大な達磨図には驚きました。
迫力満点、それでいてちょっと愛嬌の
ある点に親しみが湧きます。豊穣のふすまが
写真なのもびっくり。写真をこんな風に
和の建築に生かす方法もあるんですね。
毎年、楽しみにしている「京の冬の旅」ですが、年々未訪の寺院が少なくなって、この興聖寺も何度か来てますが、今回は写真が自由に撮れると聞いて訪れた次第です。
まもなく始まる春の特別公開も未訪が無くて、連休中に開催されることもあって、多分行かないですね。