第60回 京の冬の旅 非公開文化財特別公開「大徳寺 法堂・経蔵」へ

妙顕寺コインパーキングを出て、上御霊通りから堀川通りに出て、北に進み北大路通りを西に進むと、ほどなくして大徳寺の境内が見えてきて、その信号を北に上がると左手に大徳寺駐車場があるので、10時42分に車を入れました。比較的空いてましたね、ただ観光バスが1台止まってましたが。

IMG_4253.jpg以前は、一回止める毎に500円でしたが、最近は時間制となったようです。今日は一箇所しか行かないので、そんなに時間はかからないでしょう。

IMG_4254.jpgIMG_4255.jpgこちらは大徳寺の「総門」です。目的は法堂と経蔵で、今日は大光院には行きません。

IMG_4256.jpgIMG_4257.jpgIMG_4258.jpgIMG_4259.jpg総門を入って直ぐの「金毛閣」(重文)を撮りました。最近、地元の京都新聞で、こんな記事が出てました。

千利休の命日である2月28日に、三門の金毛閣上層に安置されているご本尊の釈迦三尊像と千利休像の閉眼(へいげん)法要を営まれます。修理のため史上初めて寺の外部に持ち出すのに合わせた法要で、わび茶を大成した千利休の伝統を継ぐ表千家、裏千家、武者小路千家の茶道三千家が上層で初めて献茶されます。釈迦三尊像と利休像は、3月に寺の外部に持ち出して修理を施され、今秋、東京国立博物館(東京都台東区)で開催される特別展「大徳寺 本朝無双之禅苑」に出陳されます。

IMG_4260.jpg「三門」の北側に「仏殿」があって、内部には入れませんが、外からお参りできます。2024年(令和6年)1月17日(水)の「第58回 京の冬の旅」では、こちらが公開されました。

IMG_4261.jpg「仏殿」の北側には「法堂」があって、通常非公開で入れません。2024年(令和6年)1月17日(水)の「第58回 京の冬の旅」で入りました。

今日、大徳寺に来たのは、第60回 京の冬の旅 非公開文化財特別公開法堂経蔵が公開されたので見に来たわけです。

IMG_4263.jpg法堂の北側に臨時の拝観受付所があって、拝観料800円とスタンプラリーは2個目貯めました。

IMG_4266.jpgIMG_4267.jpg受付を済ませると、「法堂」の北側から堂内に入ります。本坊は、2020年(令和2年)12月から10年の年月をかけて修理工事中で、まだまだですね。入るとガイドさんの話が始まりました。先ずは大徳寺の歴史から。

大徳寺は1315年(正和4年)に播州の守護赤松円心の寄進により大燈国師(だいとうこくし)こと宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)が開創され、花園上皇と後醍醐天皇の厚い帰依を受けた。室町時代には、幕府の保護を辞退して在野の禅院として独自の立場を貫いた。応仁の乱により当初の建造物は焼失したが、「一休さん」として親しまれている47世住持の一休宗純(いっきゅうそうじゅん)が堺の豪商の庇護を受けて復興した。その後、豊臣秀吉が織田信長の葬儀を執り行い、その菩提寺として塔頭の総見院を建立したことで、戦国のや諸大名が相次いで塔頭の建造物が建立し隆盛を極めたため、江戸時代初期に現在の建造物はほとんど整えられた。

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堂内は撮影禁止です。この写真は以前に使ったものと同じです。この龍の下で、思い切り手を叩くと「ゴロゴロ」と反響しました。

現在の法堂(重文)は、開山300年忌に際して1636年(寛永13年)に小田原城主・稲葉正勝(母は江戸幕府3代将軍徳川家光の乳母・春日局)の遺志により、子の正則の寄進により再建。天井の「雲龍図」は狩野探幽が35歳の時に描いた。この龍は鳴き龍としても有名で、天井の下で手を叩くと龍が鳴いたように反響する。龍は仏法の神様で、「修行僧に仏法の雨を降らせる」とか「水の神様である龍が建物を火災から守ってもらえる」とかの意味があるそうです。

IMG_4268.jpg2024年(令和6年)1月17日(水)の「第58回 京の冬の旅」の時は、北側から入って、南側から出ました。今回は東から出ます。そして、そのまま東に進むことに。

IMG_4269.jpgIMG_4270.jpgIMG_4279.jpg普段は立ち入ることが出来ないので、ここに「鐘楼」があるのを初めて知りました。外の参道からは絶対に見えないです。

IMG_4271.jpgIMG_4273.jpgそのまま東に進むと、初めて見る「経蔵」(重文)がありました。鐘楼より、もっと奥にあるので、今まで知らなかったのを納得できました。

IMG_4278.jpg一度入ったですが、団体さんが話を聞かれているので外で待ちました。経蔵は周りに池で囲まれているんですね。

IMG_4275.jpg団体さんが出てこられたので、入れ替わりに入りました。残念ながら経蔵内部も撮影禁止とありました。

1636年(寛永13年)に、京都の豪商である那波宗旦(なわそうたん)の寄進により建てられた。内部にす「一切経」など33500巻の経典を収める回転式の八角輪蔵がある。輪蔵とは中心に柱を通して回転式にした経庫で、今からこれを回転させると収めた経典を全て読み上げたのと同じ功徳を得ることができるという。今から約1500年ほど前、南朝梁の傅大士(ふだいし)が考案したと伝わり、経蔵の西側に、傅大士を中心に、両脇には、子の普建(ふけん)と普成(ふじょう)が並んで安置されている。

ガイドさんの話で、引き出しが574個、傅大士の上部には、寄進された那波宗旦の戒名も読み取れました。また、ライトに照らされた心柱も見えました。残念ながら回すことは出来ませんでしたが、清凉寺(嵯峨釈迦堂)、仁和寺についで大徳寺も見られて来てみて良かったです。

IMG_4280.jpg経蔵を出て、元来た道を戻ります。こちらは工事中の国宝唐門」です。

IMG_4282.jpg再び「法堂」の方を向いて歩いて行きます。一方通行のため帰りは法堂には入れません。

IMG_4283.jpg振り返って「経蔵」を撮りました。境内の東の奥まった所にあるので、外からは見ることは出来ないですね。

IMG_4284.jpg先に案内したとおり、帰りは法堂に入れないので、法堂の南側を歩いて行きます。法堂仏殿渡り廊下で繋がっています。

IMG_4285.jpg法堂の西側です。正面に拝観受付所が見えています。御朱印は本坊で受付していると書いてありました。

IMG_4286.jpgIMG_4287.jpgIMG_4288.jpgせっかく来たので「本坊」に寄りました。あと4年程度工事が終わらないようですが、以前は、ここが拝観受付所でした。

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入ると右手に受付があるのでベルを押す前に出てこられました。御朱印は2種あったので、それぞれいただきました。

大徳寺では常時拝観している寺院はありますが、どこも寄りません。「京の冬の旅」で、豊臣秀長ゆかりの「大光院」も公開されてますが行きません。団体さんは行かれたようです、観光バスが止まったままでしたから。

大徳寺駐車場に戻り精算すると10時42分~11時17分、200円で済みました。以前の500円より随分、お得になりました。今日は、これで帰りました。

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