第60回 京の冬の旅 非公開文化財特別公開「醍醐寺 三宝院」へ
2月末から3月に入って暖かい日が続き、スギ花粉の飛散が急に最盛期を迎えることになって、毎年花粉症に悩まされている私ですが、まだそんなに症状は出てません。個人的にはスギよりもヒノキ花粉の方が体に堪えてて、いつもの年なら1月に入ってから花粉症の薬を処方して貰ってましたが、入院していたこともあって、今年は薬を処方して貰ってないのに、あまり症状が出ないので、ひょっとしたら花粉症治ったのかなぁ😊。それなら嬉しいんですが。
天気予報は曇り空で、夕方から雨降りと出てていた2日(月)の朝に、車にて第60回 京の冬の旅 非公開文化財特別公開 醍醐寺 三宝院に行きました。
醍醐寺 三宝院は、常時拝観しているので、通常非公開のエリアが特別公開されます。2025年(令和7年)1月21日(火)の「第59回 京の冬の旅」では、茶室「松月亭(しょうげつてい)」が公開されました。今年は茶室「枕流亭(ちんりゅうてい)」が40年振りに公開されるとあって、当初から行くつもりでしたが遅い訪問となりました。
いつもは醍醐寺まで地下鉄を利用してましたが、体調を考えて車で向かいました。京都市山科区は、私にとって土地勘がありません。前日から地図を見て頭に入れましたが、念のためにナビも使うことにして向かったですが・・・。
京都市山科区までは、国道1号線を東に進むとナビも不要で行けます。醍醐寺に向かうのに東野の交差点を右折するか、外環状線の交差点を右折するか、どちらも覚えてきましたが、ナビは東野の交差点を選んだようで、そのように車を走らせ8時40分に醍醐寺の駐車場に車を入れました。
拝観時間は9時からで、桜の時期以外は空いてます。駐車場もガラガラでした。

いつもは醍醐駅から向かうので、境内の西側にある総門から入りますが、ここから境内に入るのは希です。


8時47分に「三宝院」の入口に着きました。開門は9時からで、まだまだ早かったので醍醐寺の境内を散策します。

こちらは国宝「唐門」で、外から見られます。2010年(平成22年)に当時の輝きを取り戻す修復工事をされました。

伽藍エリア拝観入口の豊臣秀頼が再建したと伝わる「西大門」(仁王門)まで来ました。今日は伽藍エリアには入りません。

8時56分に「三宝院」入口に戻ってきました。他に行くところも散策する所も無いので、ここで待ちます。
9時ちょうどに拝観受付所が開きました。ここでは、三宝院エリア、伽藍エリア、霊宝館と、それぞれ拝観料が600円です。当初は三宝院と霊宝館に行くつもりでしたが、霊宝館では仏像館のみと言うことで、三宝院だけにし、拝観料は600円。京の冬の旅は堂内で購入と聞きました。



重要文化財に指定されている「大玄関」から靴を袋に入れて上がります。本来なら下駄箱に預けますが、奥で靴を履く必要があったので、係の方に案内されました。
真言宗醍醐派総本山で世界遺産。三宝院は歴代座主が居住する「本坊」で、表書院(国宝)から望む庭園(特別史跡・特別名勝)は、名石「藤戸石」をはじめ石組と刈込が見事な、桃山時代を代表する池泉式庭園である。今冬、快慶作の優美な弥勒菩薩坐像(重文)を安置する弥勒堂(重文)に外陣まで入って拝観できるほか、庭の中に建つ茶室「枕流亭(ちんりゅうてい)」も「京の冬の旅」では40年ぶりに特別公開。聚楽第からの移築と伝えられ、棕櫚(しゅろ)や栗など珍しい材が使われた秀吉好みの風情ある茶室である。


「大玄関」から上がると、正面の部屋には「富嶽の間」があって、綺麗な生け花を見られました。襖絵は富士山が描いてあります。


そのお隣が「日・月・海の間」です。襖絵は、1998年(平成10年)三宝院の庭園400周年を記念して、1997年(平成9年)に現代風景画家である浜田泰介氏によって描かれました。
毎年2月23日に行われる五大力尊仁王会は「五大力さん」として親しまれ、不動明王などの五大明王の力を授かり、国の平和や国民の幸福を願う行事。 金堂前では餅上げ力奉納が行われます。その巨大な餅がありました。

納経所を過ぎて、次の部屋は「葵の間」(重文)です。襖絵には京都三大祭のひとつ、葵祭の風景が描いてあります。



次に階段を上がった部屋を見てみます。手前は「勅使之間」(重文)で、襖絵は「竹林花鳥図」です。桃山時代の作品で、長谷川等伯一派の作といわれています。


その隣の部屋が「秋草の間」です。襖絵には秋の七草が点在する広々とした風景が描かれています。
先ほど見た国宝「唐門」を内側から見ています。以前の三宝院拝観料600円では、ここまでしか見られませんでした。
次に入る「表書院」の庭園西側に突き出た建物は「泉殿」と呼ばれています。
国宝「表書院」に入りました。以前は、庭園の写真も襖絵の写真も禁止されていのに随分、変わりました。
表書院は「下段の間」が27畳、「中段の間」が18畳、「上段の間」が15畳もあります。「下段の間」は「揚舞台の間」ともいい、畳を揚げると能舞台となります。



ご覧のように、「下段の間」には、江戸時代中期の画家、石田幽汀(いしだゆうてい)が描いた「孔雀と蘇鉄」が見られます。


「中段の間」「上段の間」は「揚舞台の間」から一段高く、能楽や狂言を見下ろせる造りとなっています。「上段・中段の間」の襖絵は長谷川等伯一派が、「四季の柳」や「山野の風景」が描かれています。






特別史跡・特別名勝に指定されている庭園を次に見ました。ここで注目するのは「藤戸石」です。織田信長は、この名石を綾錦で覆い、笛や太鼓のお囃子に4000人の行列の先頭にたって二条御所に運び入れたと伝わります。
「天下を治める者が所有する石」として室町時代から歴代の権力者によって引き継がれてきた「天下の名石」と言われいます。豊臣秀吉の命により「醍醐の花見」のあと聚楽第より運び込まれ「主人石」として庭の中心に据えられた、これらの石は、阿弥陀三尊を表しています。
追記、3月29日(日)放送のNHK大河ドラ「豊臣兄弟」で、この藤戸石が出てきました。最後の紀行でも紹介されてましたね。
今日の目的は、「京の冬の旅」です。聞くと重要文化財に指定されている「純浄観」の手前に受付があるそうです。
この三宝院に入るのに600円。純浄観より奥に行くのに通常は500円ですが、「京の冬の旅」の期間中は800円です。スタンプラリーも、ここで3個貯まりました😊。
階段を上がり「純浄観」に入り手前に拝観受付所があるので、800円を納めます。中ではガイドさんがスタンバイされてましした。
重要文化財に指定されている純浄観(じゅんじょうかん)は、太閤秀吉が花見をしたときの建物を移築したと伝わる建物。

純浄観の襖絵「桜図」「紅葉図」は、平成に入って浜田泰介(はまだたいすけ)画伯が描いたものです。
私は一度、見てますが「金天目(きんてんもく)・金天目台(きんてんもくだい)」の見学です。前は奥宸殿においてありました。
桃山時代の醍醐寺座主義演が、豊臣秀吉の病気平癒を願い加持祈祷を行った褒美として下賜されたという。金天目は、木胎を金の板2枚を組み合わせて包んでいる。天目台は、献茶のために天目茶碗をのせる台で、金天目に合わせて金銅で鍍金(めっき)している。
純浄観から次に本堂に上がりますが、その前に茶室「枕流亭」に向かいます。今日、三宝院に来たのは、これが目的でした。

自分の靴を履いても良かったけど、スリッパが用意されていたので使いました。庭に降りる機会は皆無で、これだけでもワクワクします😊。
歩ける範囲は決められているので、ここから表書院と純浄観を撮りました。

茶室「枕流亭(ちんりゅうてい)」に着きました。ここではガイドさんがスタンバイされていました。
外から見学するものと思ってましたが、上がっても良いと案内されたので、もちろん上がります。
庭の南東にある建物が、茶室「枕流亭」で、聚楽第からの移築と伝わる。茶室の出入り口は「躙り口」が一般的ですが、枕流亭は「貴人口」なので、屈まずにに出入りすることがでる。内部は3部屋に分かれ、南側から上段・中段・水屋の間となっており、柱には棕櫚や栗などの珍しい木が使われている。秀吉好みの茶室といえる。
この中段の二畳台目の右手、南側の部屋は非公開でした。まさか上がれて、おまけに写真も撮れるとは思ってもみなかったです😊。

こちらは、三畳の上段の間です。この床の間の柱が、珍しい棕櫚の木が使われているとガイドさんが教えてくれました。


「天下を治める者が所有する石」として室町時代から歴代の権力者によって引き継がれていた名石「藤戸石」を横から見る機会は、そうはないでしょう。
池泉の最奥、南東隅につくられた「3段落ちの滝」を間近で見られました。後陽成上皇から天下一の上手と称された石組名人の賢庭によって組まれたそうで、落下の方向と高さを段ごとに変え、水の落ち方を細心の注意払っているとか。

この裏手は立ち入りが禁止されて行けませんが、ガイドさんの話では、ここから出入りされていたのでは無いかと。待合は、ここを出てから確認します。

この茶室の前には「蹲踞」があって、案内のとおり外に待合がありました。拝観ルートは決められているので、それ以上は行けませんが。
枕流亭から見た「弥勒堂」(重文)です。このあと、特別公開で堂内に入ります。

こちらは先ほど拝観した「純浄観」(重文)の外観です。普段、庭に降りることができないので、貴重な写真です。
庭に降りて庭園を見てから「弥勒堂」に上がりました。弥勒堂から拝観ルートを撮ってみます。

ガイドさんから話がありましたが、白砂に瓢箪や盃をかたどった苔を配置し、太閤秀吉の醍醐の花見を想像される「酒づくしの庭」となっています。
堂内は写真が撮れません。看板の写真を使いました。堂内の中央に護摩壇があって、奥の仏壇上に、鎌倉時代の仏師快慶作の本尊弥勒菩薩坐像が安置されてます。
脇仏として向かって右に宗祖弘法大師、左に開祖理源大師が安置。1598年(慶長3年)、座主義演は、秀吉の北政所の援助を得て護摩堂を再興、本尊はその翌年、下醍醐の菩提寺から移されたものである。もとは上醍醐の岳東院にあり、後白河院のために造立されたもの。
弥勒堂に至る渡り廊下の左手に「聖天堂」があります。厨子の中には、秘仏大聖喜天像が祀られ、毎朝3時から聖天行者が浴油法と呼ばれる聖天像に油を注いで供養する秘法が行われている。
弥勒堂内に北側に行ってみると「五社明神」と手前に「拝殿」が見えました。
弥勒堂から奥にある「奥拝殿」に向かいます。ここが特別拝観の最後になります。



重要文化財に指定されている「奥宸殿」も写真が撮れるようになりました。ここにはガイドはスタンバイされてません。
奥宸殿は、江戸時代初期の建築で、座主の居住空間といわれ、武者隠しもあるそうです。また、後方には「醍醐棚」と呼ばれる違い棚があり、修学離宮の「霞棚」、桂離宮の「桂棚」とともに、「天下の三大名棚」と称される。

こちらが、「天下の三大名棚」と称される「醍醐棚」です。ズームで撮ってみました。



拝観入口で、私の後ろに並ばれていたのは外国人観光客でした。どうしても言葉の壁があるので、来られるのが遅れます。最初からここまで、ほぼ一人でした😊。

純浄観の入口まで戻ってきました。この時間になると、多くの方が純浄観に入って行かれました。


このとき、9時30分を少し過ぎたぐらいで、次の予定が10時からのため、ここでゆっくり庭園を眺め時間が経つのを待ちました。
9時50分まで庭園を眺めていて、51分に「大玄関」から出て行きました。今日は団体さんと出会わなかったので、静かに拝観できました。
玄関を出て奥に咲いている、多分、河津桜だと思いますが、綺麗に咲いていたので撮りました。この奥には、桜の時期だけ公開される「憲深林苑(けんじんりんえん)」がありますが、これ以上は結界があって行けません。


この枝垂れ桜は「太閤しだれ桜」と呼ばれ、満開時には見事に咲き誇ります。その変わり、観光客は半端なく多いですが。
9時56分に三宝院を出ました。次の目的地は霊宝館で、すぐそこです。
今日は、伽藍エリアのチケットを購入しなかったので行きません。霊宝館も仏像館しか開いてないので行きません。目的は、「京の冬の旅」でスタンプが3個貯まったので、その特典を受けに行くからです。
天気予報は曇り空で、夕方から雨降りと出てていた2日(月)の朝に、車にて第60回 京の冬の旅 非公開文化財特別公開 醍醐寺 三宝院に行きました。
醍醐寺 三宝院は、常時拝観しているので、通常非公開のエリアが特別公開されます。2025年(令和7年)1月21日(火)の「第59回 京の冬の旅」では、茶室「松月亭(しょうげつてい)」が公開されました。今年は茶室「枕流亭(ちんりゅうてい)」が40年振りに公開されるとあって、当初から行くつもりでしたが遅い訪問となりました。
いつもは醍醐寺まで地下鉄を利用してましたが、体調を考えて車で向かいました。京都市山科区は、私にとって土地勘がありません。前日から地図を見て頭に入れましたが、念のためにナビも使うことにして向かったですが・・・。
京都市山科区までは、国道1号線を東に進むとナビも不要で行けます。醍醐寺に向かうのに東野の交差点を右折するか、外環状線の交差点を右折するか、どちらも覚えてきましたが、ナビは東野の交差点を選んだようで、そのように車を走らせ8時40分に醍醐寺の駐車場に車を入れました。
9時ちょうどに拝観受付所が開きました。ここでは、三宝院エリア、伽藍エリア、霊宝館と、それぞれ拝観料が600円です。当初は三宝院と霊宝館に行くつもりでしたが、霊宝館では仏像館のみと言うことで、三宝院だけにし、拝観料は600円。京の冬の旅は堂内で購入と聞きました。
真言宗醍醐派総本山で世界遺産。三宝院は歴代座主が居住する「本坊」で、表書院(国宝)から望む庭園(特別史跡・特別名勝)は、名石「藤戸石」をはじめ石組と刈込が見事な、桃山時代を代表する池泉式庭園である。今冬、快慶作の優美な弥勒菩薩坐像(重文)を安置する弥勒堂(重文)に外陣まで入って拝観できるほか、庭の中に建つ茶室「枕流亭(ちんりゅうてい)」も「京の冬の旅」では40年ぶりに特別公開。聚楽第からの移築と伝えられ、棕櫚(しゅろ)や栗など珍しい材が使われた秀吉好みの風情ある茶室である。
毎年2月23日に行われる五大力尊仁王会は「五大力さん」として親しまれ、不動明王などの五大明王の力を授かり、国の平和や国民の幸福を願う行事。 金堂前では餅上げ力奉納が行われます。その巨大な餅がありました。
「天下を治める者が所有する石」として室町時代から歴代の権力者によって引き継がれてきた「天下の名石」と言われいます。豊臣秀吉の命により「醍醐の花見」のあと聚楽第より運び込まれ「主人石」として庭の中心に据えられた、これらの石は、阿弥陀三尊を表しています。
追記、3月29日(日)放送のNHK大河ドラ「豊臣兄弟」で、この藤戸石が出てきました。最後の紀行でも紹介されてましたね。
この三宝院に入るのに600円。純浄観より奥に行くのに通常は500円ですが、「京の冬の旅」の期間中は800円です。スタンプラリーも、ここで3個貯まりました😊。
重要文化財に指定されている純浄観(じゅんじょうかん)は、太閤秀吉が花見をしたときの建物を移築したと伝わる建物。
桃山時代の醍醐寺座主義演が、豊臣秀吉の病気平癒を願い加持祈祷を行った褒美として下賜されたという。金天目は、木胎を金の板2枚を組み合わせて包んでいる。天目台は、献茶のために天目茶碗をのせる台で、金天目に合わせて金銅で鍍金(めっき)している。
庭の南東にある建物が、茶室「枕流亭」で、聚楽第からの移築と伝わる。茶室の出入り口は「躙り口」が一般的ですが、枕流亭は「貴人口」なので、屈まずにに出入りすることがでる。内部は3部屋に分かれ、南側から上段・中段・水屋の間となっており、柱には棕櫚や栗などの珍しい木が使われている。秀吉好みの茶室といえる。
脇仏として向かって右に宗祖弘法大師、左に開祖理源大師が安置。1598年(慶長3年)、座主義演は、秀吉の北政所の援助を得て護摩堂を再興、本尊はその翌年、下醍醐の菩提寺から移されたものである。もとは上醍醐の岳東院にあり、後白河院のために造立されたもの。
奥宸殿は、江戸時代初期の建築で、座主の居住空間といわれ、武者隠しもあるそうです。また、後方には「醍醐棚」と呼ばれる違い棚があり、修学離宮の「霞棚」、桂離宮の「桂棚」とともに、「天下の三大名棚」と称される。
今日は、伽藍エリアのチケットを購入しなかったので行きません。霊宝館も仏像館しか開いてないので行きません。目的は、「京の冬の旅」でスタンプが3個貯まったので、その特典を受けに行くからです。
この記事へのコメント
ここでは、3月2日の訪問ですか。
嵐の前の静かさといった感じで、落ち着いたたたずまいを感じます。
三宝院は私も入って、内部や庭園を堪能しました。
藤戸石も観ましたが、アップで撮られましたね。
大河ドラマでも登場しましたね。
それにしても、庭に降りて茶室「枕流亭」の特別公開の見学。
貴重な体験ですね。うらやましい限りです。
今年も醍醐寺の桜は見事だったようで、ニュース映像でみした。今は、既に散り始めてて、まもなく葉桜になるでしょう、今年は早かったです。
最近の特別公開も、未訪寺院が少なくなってきて、春の特別公開は行くところが無いです。(^_^)
三宝院は通常拝観しているので、今回40年振りに特別公開された茶室が目当てでした。