谷の御所 霊鑑寺門跡「春の特別公開」へ

世界遺産 銀閣寺を9時42分に出て、今日の目的である春の特別公開している寺院に向かいます。当初は10分もかからなと私なりに計算してました。早く着きすぎるなぁとゆっくり歩いて行くことに😊。

IMG_5945.jpg少し遠回りになりますが「哲学の道」を歩いて行きました。ここは桜の名所ですが、まだ1輪も咲いていません。

この「哲学の道」を歩いているのは、ほぼ外国人観光客です。まだ桜も咲いていないのにと思いますが。

IMG_5946.jpg今日は、最高気温が18.2℃まで上がったように歩いて行くと暑くて久しぶり汗が噴き出してきました。この「洗心橋」で目的である寺院の名前が出ていたので橋を渡り登って行きました。

この橋を渡ってからの登りがきつかったです。この時、時計の針は9時55分。拝観開始時間の10時に間に合うか微妙になってきましたね。そして目的の寺院に10時2分に着きました。この日、訪れたのは2013年(平成25年)4月4日(木)以来の谷の御所 霊鑑寺門跡 春の特別公開でした。

IMG_5947.jpgIMG_5948.jpg多分、開門前に並ばれていたのでしょうね、10時2分に着いても「表門」前には、まだ行列が出来てました。

IMG_5949.jpgIMG_5950.jpg並んでいる間に、振り返ると「ニデック京都タワー」が見えました。知らず知らずで、これだけ登っていたんです。

霊鑑寺は1654年(承応3年)に後水尾天皇の皇女、多利宮(たりのみや)(浄法身院宮宗澄尼)を開基として創建され、明治維新まで代々皇女、皇孫女が入寺された臨済宗の尼門跡寺院。かつては、少し南の渓谷沿いにあったことから「鹿ヶ谷比丘尼御所」「谷の御所」とも呼ばれる。表門、玄関、本堂、書院などの一連の建物は、当時の形式が色濃く残っており、江戸時代の尼門跡寺院の格式と清楚な佇まいを今に伝えている。

表門を入ると左手に進み、先に御朱印をお願いしました。書き置きは貰わず、直書きを2種お願いして帰りに受取ります。

IMG_5951.jpgIMG_5952.jpgまだ庭園を入る前にある「玄関」には綺麗に並べられた椿の花を、皆さん写真に撮られます。私はも少し待って撮らさせて貰いました。

IMG_5953.jpgIMG_5954.jpg中門」から先が回遊式庭園となっています。その前にも椿の花が咲いてました。

IMG_5955.jpgIMG_5956.jpgIMG_5957.jpg庭園に入ると直ぐに、後水尾天皇遺愛の京都指定天然記念物の「日光椿(ジッコウツバキ)」があります。樹齢400年と伝わる霊鑑寺を代表する椿です。

庭園は、東山連峰の大文字山から西に伸びる稜線を利用して造られている。書院南面を持ちいた江戸中期の特徴を見せている。石橋や般若寺型燈籠、二層の灯籠塔などが巧みに配置された美しい庭園である。

IMG_5958.jpgIMG_5959.jpg庭園から見た「書院」です。こちらは帰りに上がることができます。ガイドさんもスタンバイされてましした。

IMG_5961.jpgIMG_5962.jpg2013年(平成25年)2月9日(土)の「第47回 京の冬の旅」で特別公開されたときは、この庭園に薄ら雪が積もってました。今日は天気良すぎです。

IMG_5964.jpgIMG_5966.jpg次に本堂に上がるため狭い石段を登りますが、狭いので渋滞してしまいます。この椿は「港の曙」と書いてありました。

IMG_5967.jpgIMG_5968.jpgIMG_5969.jpg本堂」前です。ガイドさんが案内されてて、人が多いので聞かずに進みます。なお、本堂には上がれません。

宝形造りの本堂は、江戸幕府第11代将軍徳川家斉が寄進したもの。ご本尊は如意輪観音像を安置されている。

IMG_5972.jpgIMG_5975.jpgIMG_5977.jpg石段を登った先で「本堂」を撮りました。宝形造り分かります。ただ、人が多かったのでご本尊を見損ねたのは残念でした。

IMG_5979.jpgIMG_5980.jpgIMG_5981.jpgIMG_5982.jpgIMG_5984.jpg庭内には、赤や白など色とりどりの100種以上が植わり、開花時期は種類によって異なっており、緑の苔の上に散った花弁まで多様な姿を見ることができそうです。

IMG_5989.jpgIMG_5990.jpgIMG_5991.jpgIMG_5993.jpgIMG_5994.jpgIMG_5995.jpgIMG_5996.jpgIMG_5997.jpg綺麗に咲いている椿の花や、落ち椿などを見ながら、今度は下ります。この石段も急なためゆっくりと。

IMG_5998.jpgIMG_6002.jpgIMG_6004.jpgIMG_6005.jpgIMG_6006.jpgIMG_6007.jpg狭い石段をゆっくり下り降りてきました。次は順路に従って書院に向かいます。

IMG_6011.jpgIMG_6012.jpgIMG_6013.jpgIMG_6014.jpgIMG_6015.jpgIMG_6016.jpgあえて撮影スポットを造られたのでしょう「蹲踞」に椿の花が敷き詰められてて、私も撮らさせて貰いました。

IMG_6018.jpgIMG_6019.jpgIMG_6020.jpg椿の花を見ながら歩いていくと、結界があって行けませんが、多分「本堂」に通じる階段がありました。

IMG_6021.jpgIMG_6022.jpgIMG_6023.jpgこの先で靴を下駄箱に預け「書院」に上がります。なお、書院は撮影禁止でした。

この書院は後西天皇(第111代天皇)の院御所旧殿のうち御休息所及び御番所を賜って移築したされたもの。最初は寺宝の見学です。ざっと見て「上段の間」「中段の間」「下段の間」からなる「謁見の間」の前に来ます。入室はできません。廊下側から見学します。「謁見の間」の襖絵は「四季花鳥図」で狩野派の作と伝わる華麗な障壁画。そして上段の間には「雛人形(有職雛)」が展示されており、これは江戸幕府11代将軍徳川家斉が霊鑑寺の当時の住職であった天皇の娘である尼宮様に贈られたものと伝わる。この雛人形は360前から修復はされてないとのこと。女雛の髪の毛は、実際に人間の髪の毛を使用。また男雛では、「三つ折れ」の技法を使った人形となっており、雛人形に使われるのは珍しい。そして、この人形、全長が110㌢もあるそうです。次の部屋は、「仙人の間」、奥が円山応挙作と伝わる見事な水墨画の襖絵を見ることができる「応挙の間」を見られました。ガイドさんの案内もありました。

IMG_6027.jpg書院から見た庭園です。公開はこれだけだったので、早々に書院を出ました。

IMG_6030.jpgこちらは「書院」と「本堂」へと通じる階段です。もちろん通行はできません。

IMG_6031.jpgIMG_6032.jpg以前、訪れた時に聞いた「硯石」は、江戸幕府11代将軍徳川家斉の寄進によるものと記憶しています。

IMG_6033.jpgIMG_6034.jpg書院を出て、出口に向かう途中、書院の内部を垣間見えました。

IMG_6035.jpgこの椿には名札があって「おそらく椿」と書いてありました。小堀遠州が「各地で名木を見て来たが、これほど見事なツバキは、おそらくないだろう」とたたえた事から、以後「おそらく椿」と呼ばれるようになっとか。

EPSON046.jpgここを出る前に朱印帳を受取りました。

IMG_6037.jpgIMG_6038.jpg10時28分に「表門」から出て行きました。椿の名所で人気寺院だけに多くの方が来られたました。

今日は天気が良いので暑くてバテ気味ですが、この近くで特別公開している寺院があるので、寄って行きます。多分、そちらは空いてるでしょう。

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