雨が降り続くなか奥嵯峨の祇王寺へ

5月1日(金)は、前日の雨降りが止まずに、早朝には雷が鳴って土砂降りの5月スタートとなりました。昨日は一日中雨が降り続きましたが、この日は、時々止み間があるそうです。但し、突然の雷雨には注意するように天気予報では言ってて、GW期間中に特別公開される寺院に行きたかったですが断念し、4月11日(土)に大覚寺の「嵯峨天皇奉献 大華道祭」に行った際に祇王寺の拝観券も購入していたので行くことにしました。祇王寺には2025年(令和7年)12月8日(月)に、散り紅葉を見に行って以来です。

IMG_9245.jpgいつも愛宕街道を歩く時は、清凉寺(嵯峨釈迦堂)を横切って行きます。ここからは愛宕山が見えるですが、雨降りのため雲に隠れています。

IMG_9241.jpg西門」を潜って、愛宕街道に出ますが、まさかの工事中でした。

IMG_9135.jpg竹林の小径から流れてくる外国人観光客が歩いているのに、今日は雨降りのため少なかったです。

IMG_9136.jpgIMG_9138.jpgIMG_9140.jpgIMG_9141.jpgIMG_9142.jpg8時56分に祇王寺に着きました。庭師の方でしょうか出入りはされますが、その度に門は閉められます。そして9時に開門されました。

「平家物語」の悲恋の舞台である茅葺きの草庵。平清盛の寵愛を失った祇王が、妹の祇女、母の刀自とともに尼僧となり生涯を過ごした、と伝わる。真言宗大覚寺派。旧嵯峨御所大本山大覚寺の塔頭寺院でもある。祇王寺は、元の名を往生院でした。往生院は法然上人の門弟である良鎮によって創建されたと伝わり、山上山下にわたって広い寺域を占めていた往生院も後年は荒廃し、ささやかな尼寺として残り、後に祇王寺と呼ばれるようになりました。しかし、祇王寺は、明治初期の廃仏毀釈により廃寺となってしまいました。残された墓と仏像は旧地頭の大覚寺によって保管されてましたが、元京都府知事北垣国道氏の別荘一棟の寄進をうけ、大覚寺門跡楠玉諦師の尽力により1895年(明治28年)に再建されたのが現在の祇王寺である。

IMG_9143.jpg私の後ろが外国人観光客の方で、開門前は2組だけでした。大覚寺との共通券を出したので、庭に直ぐに入れました。

IMG_9145.jpgIMG_9147.jpg雨で濡れた「苔庭」。しっとりして綺麗です。雨の中、傘を差して来て良かったです。

IMG_9148.jpgIMG_9149.jpgIMG_9151.jpgIMG_9153.jpgIMG_9154.jpgIMG_9157.jpgIMG_9158.jpgIMG_9160.jpgIMG_9161.jpgIMG_9162.jpgIMG_9164.jpgIMG_9165.jpg雨で濡れた「苔庭」を巡りながら、「竹林」まで来ました。外国人観光客に人気の竹林もあります。少しだけですが。

IMG_9166.jpgIMG_9167.jpg上段には名札があって、右から「一両(アリドオシの別名)」、「十両(ヤブコウジの別名)」、「百両(カラタチバナの別名)」、「千両(センリョウ科)」、「万両(ヤブコウジ科)」で、千両や万両は知ってましたが。

IMG_9168.jpg苔もたくさん種類があって、この「苔庭」に、どの苔が植えられているのか説明が書いてあります。

IMG_9170.jpgIMG_9172.jpg草庵の手前まで行くと、「深山嫁菜(ミヤマヨメナ)」が咲いてました。私は初めて聞く名前だったので調べると、本州、四国及び九州に分布するキク科の多年草。ヨメナと共に最も一般的な野菊だが、やや湿った日陰を好み、山地の林内や沢沿いに見られるそうです。

IMG_9174.jpgIMG_9177.jpgまだ草庵に入らずに遠路を巡ります。こちらは「蹲踞」で、いつも花が添えられています。

IMG_9178.jpgIMG_9179.jpgIMG_9181.jpgIMG_9183.jpgIMG_9182.jpgIMG_9184.jpg後ろに並ばれていた外国人観光客の皆さんが、なかなか入って来られなかったので、暫くは私一人でした。このあと「草庵」に入ります。

IMG_9185.jpgIMG_9189.jpgIMG_9191.jpgIMG_9192.jpgIMG_9195.jpg仏間には、右から「仏御前「祇女」「本尊大日如来」「平清盛」「祇王」「母刀自」の各像が祀られています。変額の「往生院」は、祇王寺なる前の寺名です。

IMG_9198.jpgここを出る前に「水琴窟」を撮りました。雨が強いので音色は確認できないですね。

IMG_9202.jpgIMG_9204.jpgIMG_9205.jpgこの先には平清盛の供養塔があって、その碑には「妓王妓女佛刀自之𦾔跡」と書いてあります。左に「明和八年辛卯正當六百年忌 往生院現住尼 法專建之」と建立が記され、右に「性如禅尼 承安二年壬辰八月十五日寂」と刻まれているのは祇王のことだと説明されてました。

IMG_9206.jpgIMG_9207.jpg左の宝篋印塔が「祇王、祇女、刀自の墓」。右の五輪塔は「平清盛の供養塔」で、いずれも鎌倉時代に作られたものです。

IMG_9209.jpgIMG_9211.jpg平清盛供養塔から拝観受付所に行き、断って「苔庭」を、もう一周します。この供養塔は「米僊翁供養塔(久保田米僊)」のようで、塚は「黒髪塚 高岡智照尼供養塔」のようです。こちらも詳細は分かりません。

IMG_9214.jpgIMG_9216.jpgIMG_9217.jpgIMG_9218.jpgIMG_9219.jpgIMG_9225.jpgIMG_9230.jpgIMG_9233.jpgIMG_9234.jpgIMG_9235.jpgIMG_9237.jpgIMG_9238.jpgIMG_9239.jpg9時17分に出ましたが、雨降りのため空いてました。外国人観光客も少なかったしね。

雨が止みそうにも無いので、ここだけで帰ることにしました。明日から大型連休の後半がスタートと言われています。明日からは晴天に恵まれそうで、多くの方で嵐山など観光地は賑わうのでしょう。

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