臨済宗大本山 妙心寺塔頭 大雄院 干支「丙午」御朱印授与へ
臨済宗大本山 妙心寺塔頭 大雄院では、6月8日(月)、10日(水)、11(木)、13日(土)、14日(日)に、墨書き御朱印「丙午 塞翁が馬」の授与が予約制であって、平日は3枠、土日は4枠、各4名限定で5月10日(日)10時から予約を始められました。私は大雄院さんからの案内で知り、空いていた6月10日(水)の10時30分からの枠を予約することができました。余談ですが、予約枠は直ぐに埋まったようで、後日追加の日程を発表されるとか。
今日は車が出せないので市バスで妙心寺バス停で下車。そこから歩いて妙心寺に向かいました。先ずは「南総門」から境内に入ります。
9時40分頃にバスを降りたので、先ずは紫陽花が見頃と出ていた妙心寺塔頭 退蔵院へ向かったですが入ってみて驚きました。
9時43分に「表門」前に着きました。入る前にから賑やかな声がしてて、修学旅行生さんが来られてました。
私の前にも1組来られてて、そのあとに拝観料700円を納め進もうと思っても学生さんが多くて前に行けません。それで本来の拝観順路とは違うルートで向かうことに。

最初は方丈に向かうことになりますがスルーして、ここから「余香苑(よこうえん)」に入ります。門の上にはナマズの彫り物を目にします。
ここからは基本通り左手の「陽の庭」から見ていきます。この白砂に7個の石が配されてて、これには意味があるそうです。それは帰りに😊。
ここで咲いている紫陽花がありました。正式には萼(がく)が色づいてるだけで、真ん中の小さな花は開花してません。

この余香苑のメインがここでしょう。見たところ空いているようで良かったです。

順路のとおり進むと「四阿」の横には「織部灯籠」があって、この時期には花はありません。



今日は天気が良すぎて、ここからは逆光になります。綺麗に写せてませんが下の写真には滝がありました。



この池には見頃を過ぎていたアヤメがありましたが萎んでました。今見頃となっていたのは「睡蓮(スイレン)」でしたね。

この藤棚が日陰となるので少しだけ座って休みました。今日は平日でも人が多いです。


先の団体さんの修学旅行生と違い、多分タクシーの運転手さんが連れて来られたのでしょう学生さんが来られたので余香苑を出ることにしました。こちらは行きにスルーした「水琴窟」です。


行きはスルーしましたが、「クチナシ」の花が咲いてました。こちらは行きに見ていた紫陽花です。


今日は天気が良すぎて、戻りは逆光となります。こちらが先の「陽の庭」と反対の「陰の庭」で黒砂で造られています。
「陽の庭」には7個の石が 「陰の庭」には8個の石が配しされており、すべてを足すと15個になり、仏教では15に意味があって完全とか完璧と言う意味を表すと言われています。


順路では逆になりますが、ここから「方丈」に向かいます。その苑路には咲いていた紫陽花です。
ここに来たとき1組の方が縁側に座られていましたが出て行かれたので、暫くここは私一人に。
方丈に上がり、「元信の庭」が見られる部屋に入りました。




ここから見る庭園は、室町時代の画聖・狩野元信が作庭したと伝わる「元信の庭」です。約450年前に造られた、この枯山水庭園は、常緑樹しか植えられておらず一年中変わらずの「不変の美」を表しています。
多くの枯山水庭園は主として著名な禅僧、又は造園家が作者になっていますが、この庭園は我が国でも珍しく狩野派の画家が作庭している。絵画的な優美豊艶の趣を失わず、独特の風格を備えている庭園で、水が滝より大海に流れ込むまでの様子を白砂によって表現している。常緑樹を主に植え、一年中変わらない美しさ「不変の美」を求めたものである。
本物は京都国立博物に寄託されている、国宝「瓢鮎図(ひょうねんず)」(複製)です。日本最古の水墨画で、画僧・如拙筆と伝わるものです。
室町幕府4代将軍足利義持はある時、「瓢箪で鮎(ナマズ)を押さえることができるか?」という公案(禅問答)を考え、この公案を主題とした絵を画僧の如拙に描かせた。上部には五山の高僧31人による様々な答えが書き込まれている。


誰も来そうにも無かったけど、これで方丈を出て行くことにしました。まだ時間は早かったですが。

拝観順路とは逆に、1966年(昭和41年)に国の重要文化財に指定された唐破風造りの「袴腰(はかまごし)の大玄関」から出ました。






退蔵院の「紫陽花(アジサイ)」は、ここに咲いてました。ただ数は少ないですね。





10時4分に退蔵院を出ました。次の大雄院が10時30分に予約しているので、まだ早いですが。

まだ開門されてないかも知れないので、ゆっくりゆっくり歩いていくことにします。
この日の目的であった臨済宗大本山 妙心寺塔頭 大雄院では、境内の北東にあります。退蔵院が西南にあたるので距離は離れていますが。今日は久しぶりに墨書き御朱印「丙午 塞翁が馬」の御朱印をいただきます。
10時12分に大雄院の「表門」前に着きました。ただ門は開いてたので入ってみます。

入るとご住職が座られてて受付して貰いました。先客は1名だったようです。

この庭を見ながら座って待つことに。ここには4月23日(木)に「春の特別公開」で来てるので特に拝観はしません。
暫くして御朱印をいただきました。毎年、必ず干支の御朱印をいただしてましたが、ご住職の体調不良のため久しぶりにいただけました。

今日はバスで来たので、帰りには妙心寺北門前バス停から市バスに乗りました。
バスが仁和寺を過ぎると、車内には誰も居なくなりました。このあと山越中町でバスを乗り換え帰りました。
妙心寺は外国人観光客が少ないのが良かったですが、まさか修学旅行生が退蔵院に来てるとは思っても無かったです。多分、坐禅体験なんかされたんでしょう。
9時40分頃にバスを降りたので、先ずは紫陽花が見頃と出ていた妙心寺塔頭 退蔵院へ向かったですが入ってみて驚きました。
私の前にも1組来られてて、そのあとに拝観料700円を納め進もうと思っても学生さんが多くて前に行けません。それで本来の拝観順路とは違うルートで向かうことに。
「陽の庭」には7個の石が 「陰の庭」には8個の石が配しされており、すべてを足すと15個になり、仏教では15に意味があって完全とか完璧と言う意味を表すと言われています。
多くの枯山水庭園は主として著名な禅僧、又は造園家が作者になっていますが、この庭園は我が国でも珍しく狩野派の画家が作庭している。絵画的な優美豊艶の趣を失わず、独特の風格を備えている庭園で、水が滝より大海に流れ込むまでの様子を白砂によって表現している。常緑樹を主に植え、一年中変わらない美しさ「不変の美」を求めたものである。
室町幕府4代将軍足利義持はある時、「瓢箪で鮎(ナマズ)を押さえることができるか?」という公案(禅問答)を考え、この公案を主題とした絵を画僧の如拙に描かせた。上部には五山の高僧31人による様々な答えが書き込まれている。
この日の目的であった臨済宗大本山 妙心寺塔頭 大雄院では、境内の北東にあります。退蔵院が西南にあたるので距離は離れていますが。今日は久しぶりに墨書き御朱印「丙午 塞翁が馬」の御朱印をいただきます。
バスが仁和寺を過ぎると、車内には誰も居なくなりました。このあと山越中町でバスを乗り換え帰りました。
妙心寺は外国人観光客が少ないのが良かったですが、まさか修学旅行生が退蔵院に来てるとは思っても無かったです。多分、坐禅体験なんかされたんでしょう。
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