旧嵯峨御所 大本山 大覚寺で写経を
旧嵯峨御所 大本山 大覚寺では、毎月1日・11日・21日(1月1日を除く)を特別に写経日とされ、僧侶による写経法会と法話が10時と13時にあります。このことは、当日行くまで知らなかったんですが、7月1日(水)に行って写経をしてきました。
この日の当日に、JR東海のEX旅「拝観券+オリジナル御朱印の授与」を予約してました。先の詩仙堂と同じです。同じ行くならと予約したわけです。ただ、前途したとおり特別の写経日とは知らなくて、写経場に入ると今日は人が多いなぁと思った次第です。
歩いて向かったので、汗だくになって「大覚寺お堂エリア」の入口に9時ちょうどに着きました。
最近は時代劇が減りましたが、「御殿川(ごてんがわ)」では、時代劇の必殺シリーズなどで、度々使われました😊。この下を役者さんが走られてましたね、水しぶきをあげて。

堂エリアの拝観入口にある「総門」に入ります。今日は写経でもしようと来てみました。


特に急ぎでも無いので、入る前に「いけばな嵯峨御流」の生花を見ました。
玄関から入って靴を下駄箱に預けます。今日は大沢池には降りません。受付でスマホをQRコードをかざして手続き完了です。
7月には大沢池を蓮の花が彩る風景をモチーフに、イラストレーターの日菜乃さんが、特別に書き下ろしたデザインとなっています。

靴を脱いで上がると、最初の部屋は「大玄関 松の間」で障壁画は狩野永徳で複製です。そこには輿が展示されてて、輿(九曜菊紋入)は後宇多法皇が使用されたとあります。
写経場は五大堂内にあるので、そちらに向かいます。その前に「宸殿」に入りました。
皇后東福門院和子(江戸幕府2代将軍徳川秀忠の娘)が使用していた女御御所の宸殿を賜ったもの。入口の格子には「蔀戸(しとみど)」があって、「蝉の装飾」があります。これは御所の建物だった名残です。
宸殿内の手前(西側)が「牡丹の間」。18面の襖絵(複製)は、宸殿でもっとも広い33畳敷きの部屋で、狩野山楽筆で本物は重要文化財です。

次の間(東側)が「柳松の間」。襖10面、腰障子6面、壁貼付絵2面、伝狩野永徳筆。複製です。

何度か来ているのに、今まで気づかなかった「東宮殿下お手植え松」と書かれた石碑を目にしました。皇太子殿下のことでしょうけど、今上陛下かなぁ😊。
宸殿から見た「心経前殿(御影堂)」です。次に向ってお参りします。


「村雨の廊下」を通って「心経前殿(御影堂)」に入りました。堂内は撮影が禁止されています。
「心経前殿(御影堂)」の内陣正面は心経殿を拝するため開いています。大覚寺の歴史上特に重要な嵯峨天皇(第52代天皇)、弘法大師(秘鍵大師)、後宇多法皇(第91代天皇)、恒寂入道親王(大覚寺の初祖)の尊像が祀られているので、お焼香をしてお参りしました。
「心経前殿(御影堂)」の正面には、「石舞台」と「勅使門」が見えています。
次は「御霊殿(安井堂)」に入りました。内陣の格天井鏡板に花鳥などを描き、その奥の内々陣の折上の鏡天井に壮麗な雲龍が描かれあります。中央には鳳輦(ほうれん)に坐す僧形のの後水尾天皇(第108代天皇)が祀られておりお参りしました。





9時15分に「五大堂」に入りました。今日が「写経の日」とは知らずに来たので、写経されている人が多いのに驚きです。
般若心経写経(般若心経全文)を写経しました。約20分ぐらいで書き上げました。堂内はエアコンが効いているので涼しいかったです。ここまで来るのに汗が酷かったので、引くのを待って書きました。
毎月1日(1月1日は除く)・11日・21日の3日間、10時と13時の2回にわたり、大覚寺一山僧侶をあげて写経道場(五大堂)にて写経法会をされます。また、写経法会の後に法話もあるそうです(法会と法話で約30分程度)。写経中にアナウンスされてました。








五大堂内を出て、「観月台」から大沢池を見ました。見たところ誰も来られて無かったですね、暑いからでしょう。
五大堂前で座って休憩してから「心経殿(勅封心経殿)」に行きました。ここは60年に一度開扉され、前回開いた2018年(平成30年)10月19日(金)に「勅封般若心経戊戌開封法会」に行かさせて貰いました。


このあと村雨の廊下を向こうから、大覚寺の僧侶の集団がが来られました。多分、五大堂内での法会と法話をされるのでしょう。私は、所用があるので遠慮しました。知ってたら、そのつもり来たら残ったけど・・・。
「宸殿」の裏手を見てなかったので、帰りに寄りました。こちらは「鶴の間」で、襖絵は狩野山楽筆で複製です。次に西に移動します。
お隣が「紅梅の間」です。襖絵13面は「紅梅図」(重要文化財)が描かれています。
向かいが正寝殿で、通常非公開です。昨年の「正寝殿特別拝観」で入りました。


ここは休憩所です。ここで帰りのバスの時間を確認すると、時間が無いことが分かったので、早々に出て行くことに。
「総門」を10時9分に出ました。今日は、けっこう多くの方が来られてました。
大覚寺バス停に行くため「明智門」の前を通りました。時代劇では度々使われる門ですね、明智光秀が居城としていた亀山城の一部を移築したものとさてます。
ここから直ぐの大覚寺バス停に行き、市バスに乗って帰りました。
この日の当日に、JR東海のEX旅「拝観券+オリジナル御朱印の授与」を予約してました。先の詩仙堂と同じです。同じ行くならと予約したわけです。ただ、前途したとおり特別の写経日とは知らなくて、写経場に入ると今日は人が多いなぁと思った次第です。
皇后東福門院和子(江戸幕府2代将軍徳川秀忠の娘)が使用していた女御御所の宸殿を賜ったもの。入口の格子には「蔀戸(しとみど)」があって、「蝉の装飾」があります。これは御所の建物だった名残です。
「心経前殿(御影堂)」の内陣正面は心経殿を拝するため開いています。大覚寺の歴史上特に重要な嵯峨天皇(第52代天皇)、弘法大師(秘鍵大師)、後宇多法皇(第91代天皇)、恒寂入道親王(大覚寺の初祖)の尊像が祀られているので、お焼香をしてお参りしました。
般若心経写経(般若心経全文)を写経しました。約20分ぐらいで書き上げました。堂内はエアコンが効いているので涼しいかったです。ここまで来るのに汗が酷かったので、引くのを待って書きました。
毎月1日(1月1日は除く)・11日・21日の3日間、10時と13時の2回にわたり、大覚寺一山僧侶をあげて写経道場(五大堂)にて写経法会をされます。また、写経法会の後に法話もあるそうです(法会と法話で約30分程度)。写経中にアナウンスされてました。
ここから直ぐの大覚寺バス停に行き、市バスに乗って帰りました。
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