臨済宗東福寺派大本山 東福寺本坊庭園(方丈)へ
芬陀院を出て、次に2015年(平成27年)5月24日(日)以来、来てなかった臨済宗東福寺派大本山 東福寺本坊庭園(方丈)に向かいました。

芬陀院を出て、天得院を左手に見て、正面にある「日下門(にっかもん)」(京都府指定有形文化財)をくぐります。
恵日山(えにちざん)と号し、臨済宗東福寺派の大本山である。鎌倉幕府第4代将軍頼経の父である関白九条(藤原)道家が、1236年(嘉禎2年)に東大寺、興福寺と並ぶ大寺の建立を発願して東福寺と名付け、禅僧円爾弁円(えんにべんえん)(聖一国師)を開山に招いて、1256年(建長7年)七堂伽藍を完成した。その後火災を受けたが、室町初期に道家の計画通りに再建され、京都五山の一つとして栄え、多くの伽藍、塔頭が建ち並び、兵火を受けることもなく明治に至った。1881年(明治14年)12月16日の夜に起きた大火災により惜しくも仏殿、法堂など中心部を焼失したが、1934年(昭和9年)に再建され、今なお堂々たる中世禅宗の寺観を保っている。 三門(国宝)は室町初期の作、禅宗三門として最古の遺構である。禅堂(禅僧の坐禅所)、東司(便所)、浴室も室町時代の建物(重文)でいずれも禅宗建築の重要な遺構である。開山堂に至る渓谷には多くの紅葉があって通天橋が架かり、また偃月橋、臥雲橋が架けられて紅葉の名所をなしている。

日下門を入って左手に「通天橋・開山堂」の拝観入口がありますが、そのまま直進します。
東福寺の方丈庭園は、雄大な「庫裏」を入ります。先ずは靴を下駄箱に預けて上がり拝観料500円を納めます。共通券は1000円で、個別に入るより100円お得になります。
拝観受付所の次に、朱印受付所があって、久しく来て無かったので、書き置きの御朱印いただきました。朱印帳は重たかったので持参してません。書き置きでも500円でした。

玄関から入って奥に進むと、久しぶりに「方丈」と豪快な石組みの庭園を目にします。現在の方丈は1890年(明治23年)に再建された。

「方丈南庭」は、手前(東)から「蓬莱」「方丈」「瀛洲(えいじゅう)」「壺梁(こうりょう)」の石組みは神仙4島を表現している。
東の3島は、作者曰く「長大石を長く横のまま用いた手法」で石が組みこまれている。当時は石を立てることが主流だったようで石を寝かせる手法は殆ど例が無いそうです。

この庭の西側には、豪快な石組みに対してなだらかな5つの築山が配されている。作者は東福寺にふさわしい「京都五山」を象徴したようです。
南正面に設けられた向唐破風の表門は昭憲皇太后(明治天皇皇后)の寄進と伝わり「恩賜門(おんしもん)」(登録有形文化財(建造物)と呼ばれている。
次に方丈の西側に移動します。白砂の南庭から一転コケの庭に変わってます。
この西側にも門があって、「西唐門」と呼ばれているようです。下に降りることはできません。

サツキが綺麗に刈り込まれて、砂地と葛石で方形に区切り、大きく市松模様となっている。こちらは「井田市松(せいでんいちまつ)」と呼ばれている。
ここから有料エリアの「通天橋」が見えます。多くの方が拝観されているようです。外国人観光客の皆さんも来られてました。
次の北庭へ続く途中には「通天台」と呼ばれる舞台が設けられています。もちろん降りてみます。



境内を東西に横切るように渓谷「洗玉澗(せんぎょくかん)」は、秋には真っ赤に染まるのでしょう。今は一面緑ですけど。


次に「北庭」に来ました。ウマスギゴケの緑との対比で鮮やかな市松模様の敷石は、もと恩賜門に使われていたもの。この市松模様を「小市松(こいちまつ)」と呼ばれている。



最後に方丈の東側に出ます。ここにも重森三玲が作庭した庭園があります。

この書画の前で、2015年(平成27年)5月24日(日)「水野先生とっておき京の撮影術」で、水野克比古・水野秀比古両先生の即席サイン会が、この前で始まったのを思い出しました。


「方丈東庭」には、東司の柱石を使い、7つの石を北斗七星の方に組む。地紋は雲をあらわすという。

9時55分頃に、東福寺方丈を出ました。前途したとおり通天橋には入りません。
この左手にトイレがあるので利用しました。東福寺では常時拝観している塔頭寺院では、あと光明院がありますが、離れているのでいきません。
帰りも日下門から出ました。東福寺山内では、法堂や三門、東司がありますが暑いので寄りません。


帰りも「臥雲橋」を通ります。向こうに見えている「通天橋」も撮りました。これだけ緑が多いモミジが広がっているので、紅葉時には圧巻でしょうね。

6月29日(月)に放送されたBS朝日「あなたが知らない京都旅」で、ここ同聚院が紹介されました。山西惇さんが行かれてましたが、今は非公開です。私が訪れた2016年(平成28年)では常時拝観されていたんですが。
東福寺塔頭 同聚院「秋の特別拝観・不動明王御開帳」11月1日(日)~12月6日(日)。拝観料、拝観時間は未定だそうです。
10時7分に東福寺北駐車場に戻って来ました。平日で暑いので空いてましたね、秋の紅葉時には、ここは閉鎖されるみたいです。
今日は天得院をメインに、芬陀院、東福寺方丈庭園を巡りました。秋になると各塔頭寺院の特別公開を始められます。毎年行こうかなぁと思うですが、人混みが苦手で行けてません。今年こそと思っていますが。
恵日山(えにちざん)と号し、臨済宗東福寺派の大本山である。鎌倉幕府第4代将軍頼経の父である関白九条(藤原)道家が、1236年(嘉禎2年)に東大寺、興福寺と並ぶ大寺の建立を発願して東福寺と名付け、禅僧円爾弁円(えんにべんえん)(聖一国師)を開山に招いて、1256年(建長7年)七堂伽藍を完成した。その後火災を受けたが、室町初期に道家の計画通りに再建され、京都五山の一つとして栄え、多くの伽藍、塔頭が建ち並び、兵火を受けることもなく明治に至った。1881年(明治14年)12月16日の夜に起きた大火災により惜しくも仏殿、法堂など中心部を焼失したが、1934年(昭和9年)に再建され、今なお堂々たる中世禅宗の寺観を保っている。 三門(国宝)は室町初期の作、禅宗三門として最古の遺構である。禅堂(禅僧の坐禅所)、東司(便所)、浴室も室町時代の建物(重文)でいずれも禅宗建築の重要な遺構である。開山堂に至る渓谷には多くの紅葉があって通天橋が架かり、また偃月橋、臥雲橋が架けられて紅葉の名所をなしている。
拝観受付所の次に、朱印受付所があって、久しく来て無かったので、書き置きの御朱印いただきました。朱印帳は重たかったので持参してません。書き置きでも500円でした。
東福寺塔頭 同聚院「秋の特別拝観・不動明王御開帳」11月1日(日)~12月6日(日)。拝観料、拝観時間は未定だそうです。
今日は天得院をメインに、芬陀院、東福寺方丈庭園を巡りました。秋になると各塔頭寺院の特別公開を始められます。毎年行こうかなぁと思うですが、人混みが苦手で行けてません。今年こそと思っていますが。
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